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入院3か月 [介護]

父が入院して3か月経ちました。


その間,月に2回くらい,飛行機や新幹線で帰省していました。
僕には,行くたびに父が弱っていく感じがします。

最初は自力で摂れていた食事も,体調を崩したのを機にミキサー食になって,その頃から嚥下もうまくいかなくて食べている途中に寝てしまうことも増えて,ほどなく点滴に移行しました。

先月はじめた嚥下のリハビリも芳しくなく,そろそろ直接胃に食事を送り込む胃ろうの手術をすることになりそうです。

母は,はじめ,他の入院患者の姿も見ているので,ベッドの上で食事を送り込まれるだけの植物的なイメージを胃ろうに対して抱いており,かなり抵抗感や葛藤があったようです。
たしかに,これまで付ききりで介護していたわけですから,たまに会う息子には計り知れない,さすが夫婦と思えるようなコミュニケーションの空間ができあがっていました。それが機械的な医療措置によって遠ざかってしまうことを母は心配していたようです。
これまで,いかに食事の世話や痰の処理,体の向きを変えるといったひとつひとつの介護(入院前は歩行からトイレまでそれこそすべてやっていた)が大変だったとしても,それ自体が関わり合いというかけがえのない意味を持っていたのです。
このまま口から食事ができなければ,ますます脳への刺激も減って,反応が鈍くなってしまうのではという心配もしていました。
母にとって,胃ろうとは,父との関わり合いを大きく損なうという意味を持っていたわけです。

結局,そうはいっても,胃ろうの手術を受けることにしました。
何より,現時点で嚥下が困難な事実がある以上,点滴で胃ろう以上の栄養を与えることが期待できません。
脳や体への刺激という意味でも,胃に食事を入れる方が点滴よりは当然優っています。
胃ろうにより,嚥下のリハビリがおろそかになるかどうかは,病院や介護者次第であって,むしろ可能性を残す手段であるとも考えられます。
結論を出してからも,母は,時折胃ろうへの心配をつぶやいては,自分に言い聞かせるように,結論を繰り返していました。

母は,常にそばで介護しているために,目の前のことに必死です。
気がつけば,振り返ってみるとここまで進行していた。ということになかなか気付きません。気付いていても,これまでの積み重ねがあるから,さらにこれからも介護を積み重ねていかねばならないという使命を抱いているからこそ,なお受け入れがたい事実もあるようです。
「明日こうなってほしい」というより,「今,こうであってほしい」をひたすら繰り返してきたのだと思います。
しかし,時はわずかずつ確実に進み,衰えも確実に進んでいます。
「今のこの状態を維持するために」必死で介護してきたにも関わらず,ふと気がつくと「胃ろう」とか「脚の切断」とか現実を突きつけられるところまで事態は進んでおり,そのときに,その落差に戸惑うのではないでしょうか。

近頃の父は,うとうとすることも増えたため,母としても,父とのこれまでの濃密なコミュニケーションがやや薄れている現実を感じることは増えてきているようです。

僕は,父に対しては,会えば,痰を拭いたり,要望を聞いたりしますが,普段は,「今度あれを持って行ったら父の刺激になるだろうか」とか「これからどうなるだろうか」とかつい考えています。
介護する立場とは少し違う立場に立っているのだろうと自覚しています。
何がいいのかはよく分かりませんが。

もうすぐ父の誕生日です。


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